「確かに、俺も気になるな…」


「うるさいっ。貴様はそんなことしか考えてないのか!?」


青筋を立ててディアッカを睨む。しかし、奴は全く懲りた様子もなく。


「なぁ、気になるよな〜」

「気になりますわ」

「気になるわよね」

「確かに気になるぞ」

ディアッカの問いかけに女性陣がうんうんとうなずいている。




「シャンプーなぞ何を使っても同じだっ。 汚れさえ落とせればいいんだからなっ」

そういいながらも、イザークは無意識に指で髪を鋤いた。

銀の髪がさらりと揺れる。

「そんなこといって、本当はいろいろ気をつかってるくせに…」

ディアッカがにやにやと笑い、それをみて女性陣がまたどっと笑う。


「チッ  どうしても聞きたいことがあるというから仕事を切り上げてきたのに…っ」

イザークの舌打ちは笑い声にむなしくかき消されてしまった…













「イザークの髪って綺麗よね…」

ちょっと外側にハネた髪を撫で付けながらミリアリアがつぶやく。


戦争も終わり、軍の仕事も一息ついたから、とディアッカがミリアリアを無理やり誘ったショッピングでのことだ。



先ほど立ち寄った雑貨店でみたシャンプーが気になっているミリアリアは、ウインドウに姿が映るたびにチラチラと自分を見ていたが、ついに立ち止まってしまった。

「ミリィ?」

ついてきていると思っていたミリィが立ち止まってることに気づいて、ディアッカが引き返してくる。

ミリィはまだ真剣に映りこんだ自分の姿を見つめている。

「私ってクセっ毛だし、パサついてるし、枝毛もあるし…」

「ミリィ? 髪がどうかしたか?」




突如立ち止まって自分の髪の毛を凝視しはじめたミリィにディアッカは戸惑いの声をあげる。


「ね、ディアッカ」


くるりと自分の方に向き直ったミリアリアの瞳は真剣で。

「プラントに行きたい」








 戦争も終わり、ミリィは開戦前と同様にL3のオーブのコロニーに住んでいる。

ヘリオポリスはなくなってしまったが、そことよく似た雰囲気のコロニーに、ミリアリアは戻ってきた。

「…同じように見えてももう何もかもがかわってしまったけどね…」

移住してきた初めの頃は悲しそうにつぶやいていたミリィではあったが、最近はだいぶ落ち着いている。





「プラントに?なんでまたいきなり…」


L3のここからL5にあるプラントに行くのはそう大変なことではないが、とりあえず、日帰りは無理だろう。


「何、それって俺のうちに行きたいってことぉ?」

ついつい軽口をたたいてしまうのは戦中と全く変わっていないディアッカである。


「ち…っちがうわよっ。私ただ…ちょっとイザークに会いたくて…」



「イザークぅぅ!?」

突然ミリアリアの口から思いもかけない人物の名が出てきてついつい間抜けな声が漏れた。

「い…イザークに会いたい…なんて…どうして…っ」


(俺 ミリィに会いたいなんていわれたことないのにっ)


頬を赤らめて、ちょっと用事が…とうつむくミリアリアに、ディアッカの動揺は更に激しくなる。


「とにかく…お願い…」


「ああ、まかせとけっ(涙)」

本当は別の男に会いに行く手伝いなんてしたくないのに、と心で涙を流しながらもディアッカはミリアリアの『お願い』をきいてあげる

ことにしたのだ。






「でもよかった〜カガリさんが一緒で」

「突然電話してくるから何かと思ったぞ。でも誘ってくれてうれしいvv」

 なんだかんだ言ってもミリアリアと2人で旅行なのだから、まあいいさ、シャトルで隣同士〜を目論んでいたディアッカの隣には

にこにこと笑うカガリ。そしてその向こう側に愛しのミリアリア。


(はぁぁぁぁぁ… なんでコイツが一緒なんだよ…)


「せっかくプラントまで行くんだし…ねぇ、カガリさんもアスランに会いたいかなって」


「…わかってるぞ、本当はコイツと2人で行くのが嫌だったんだろ?」

カガリは横目でディアッカを見ながらミリアリアに耳打ちした。

「…ん。まぁ…どうかな…」


隣同士の席なのだ、いくら声を潜めていたって丸聞こえに決まっている。ミリアリアはちょっと首をすくめながらディアッカを見た。

当の本人は聞こえているのかいないのか、窓の外に広がる漆黒の宇宙に目をやっている。



(…そんなに俺と2人は嫌か…一国の首長を呼び出す程嫌か…っ というか、なぜそんなに簡単に旅行に出てこれるんだ、

何やってんだよ オーブっ)


心の中では大泣きのディアッカ。 でも、愛しいミリアリアの頼みなので聞かないわけにもいかない。

シャトルに乗る前にイザークに面会のアポをとり、急に増えた3人目の同行者カガリのチケットも手配し、宿泊の手配もし、笑顔で荷

物持ちを引き受けた。



(はぁぁぁ…  なーにやってんだろ  俺…)


それもこれも、ミリアリアの笑顔が見たいため。でも、その笑顔は今違う人に向けられていて…




 そんなディアッカの気持ちをよそに、シャトルはプラントに到着した。


「お待ちしておりました、ミリアリア様、カガリ様」

他の乗客に続いてミリアリアとカガリがシャトルを降りると、そこにはきちんとスーツを着こなした男性が数人恭しく頭を下げていた。

「…カガリさんのSP?」

ミリアリアはカガリを見るが、カガリも何のことかわからないような顔できょとんとしている。




「ごくろーさん。これ、こいつらの荷物」

戸惑って立ち止まる2人の背後から、ディアッカが男たちに荷物を渡す。

「ご苦労様です。エルスマン様もお屋敷までご同行なされますか?」

「いや、俺はいったんイザークのところに行ってくるわ。」

電話で一方的に約束しただけだから、正式にアポ取りに議場に行かないと、とつぶやきながら髪をくしゃくしゃとかき回す。


(…私、結構無理なことお願いしちゃったのかな…)

今頃になって、ミリアリアはイザークに会いたいと言ったことを後悔し始めていた。

イザークはディアッカとは違って、プラントの重要な役職についているらしく、日々各会議場を飛び回っていると聞いた。

(ディアッカとイザークは友達だから、気軽に家を行き来しているものだとばかり思っていたのに…)

「…ア…?ミリアリアっ?」

カガリに肩をたたかれて、ふとわれに返った。

「あ…ごめんなさい。何…?」

「大丈夫か?長旅で疲れたか?」

カガリの瞳が心配そうに細められる。

「大丈夫か? イザークに会う段取りがついたら連絡するから、それまで屋敷で休ませてもらえ」

ミリアリアの様子がおかしいことに気づいたディアッカも、心配そうに覗き込んできた。


「…っ大丈夫よっ」

思わぬアップに、ついつい後ずさりしてしまう。それを見たディアッカは何か言おうと口を開きかけたが、あきらめたように肩をすくめて

見せた。




「では、カガリ様、ミリアリア様。お屋敷までお送りいたします。ラクス様がお部屋を準備されて待っておられますので…」

男の1人が車を指差して2人を促す。

「…ああ、ラクスの…」

カガリもミリアリアも、ようやく男たちの正体がわかり、頷きあう。



「…停戦してだいぶたったとはいえ、まだまだ民間レベルじゃナチュラルのことよく思ってない奴らもいるって聞くからな。

特に、あれだ。オーブの首長様もいることだし、気をつけるにこしたことはねーだろ。ホテルに泊まるよりもくつろげるだろうし。」

どうやら、ディアッカはラクスにも連絡を取り、2人の宿泊先までも手配していてくれたらしい。


(…ホントはミリィと泊まるホテルも予約してたんだけどなぁ…)

ディアッカは小さくため息をついた。



「…ところでミリアリア、イザークに何のようなんだ?」


「え…あの…」


ディアッカが聞きたくて、でも聞けなかった質問をカガリが口にした。


(よっしゃ、(≧∇≦)ъ カガリっナイス!。)


ディアッカもカガリも興味津々にミリアリアを見る。

「あ…あのね…」


その迫力に負けて、ミリアリアはついにイザークに会いたい理由を話し始めた…




















「まあっ、そのような理由でプラントまでいらしたのですか?」


場所は変わって クライン邸。  午後のお茶を飲みながらラクスが目を見開いた。


「…迷惑かけてしまってごめんなさい…」

ミリアリアはラクスにせめられているのだと思い、手にしたカップを置いてうつむいた。

ミリアリアは、ちょっとわがままを言ってみたかっただけなのだ。もちろん、イザークに聞きたい事もあったのは事実。


(…ディアッカとちょっと遠出したいかな、と思ったのも事実…)



でも、いざ計画が進みだしたら恥ずかしくなってしまったのだ。そして、ついに恥ずかしさに耐えられなくなったミリアリアは受話器を

とった、というわけであった。


「迷惑だなんて。私はおふたりが訪ねていらしてくださって本当にうれしいのですよ。なかなか私もプラントから出かけることが出

来なくて…」

「しかし、シャンプーねぇ…」


カガリは先ほどからずっと笑いをこらえていた。


「シャンプーの銘柄が聞きたくてプラントまで…っ  ププっ…」


「だって、イザークって私の知っている中で、一番髪がきれいだからっ…」


ついに噴出してしまったカガリ。恥ずかしさに顔を赤らめながらミリアリアはラクスに助けを求めて視線を投げかける。


「…確かに、彼はさらさらでまっすぐな髪ですものねぇ。私も気になりますわ。」


「いい香りもするしな…」


「同じものを使えばさらさらでいい香りになって…」


「キラに」
「アスランに」
「…ディアッカに」


「「「キレイだねって言ってもらえるかもっっっっっ」」」








「…っくしゅっ」



「…どうしたイザーク風邪か?」

「…なんだか悪寒がする。で、用はなんなんだ」

真っ白い軍服、きりりと伸ばした背筋。久々にみた友人はいつみても相変わらずな様相で。


「いや、用は俺じゃないんだ、ミリアリアがお前にどうしても会いたいらしくて…」

「あいつが俺に何の用があるというんだ」


「…っ…くくっ」


ディアッカはこみ上げてくる笑いを必死で耐えていた。

いくら和平が成立しようとも、まだまだナチュラルが自由に街を出歩けるほど治安は回復していない。

その中をわざわざオーブから訪ねてきたのだ。 しかも、オーブ連合国首長まで引き連れて。あんな質問のために。


「貴様、何がおかしいっ」

1人笑うディアッカにイザークは苛立ちを隠さず、詰め寄る。


「まぁまぁ、落ち着けって、イザーク。連絡しておいたからもうつくだろ」








「遅くなりましたわ」

「イザーク、久々だな」

ちょうどよいタイミングで3人が到着した。ラクスとカガリもにやにやしている。


「…あの…、イザーク。今日は忙しいところごめんなさい」


少し遅れてミリアリアがおずおずと進み出てきた。



「…っ、構わんっ。で、用は何だ? 何か聞きたいことがあるときいたが…」


散々、みんなにからかわれたせいか、ミリアリアはなかなか質問を口に出せないようだ。



「あの…」


「なんだ」


イザークの言い方に、ミリアリアはびくついてしまう。


「イザーク」

たしなめるようなディアッカの声に、イザークは咳払いをして、ミリアリアに1歩近づいた。


「どうした?わざわざプラントまで俺を訪ねに来たんだから何か用があるんだろう。…構わんから言ってみろ」


「あ…あのねっ」

緊張するミリアリアをカガリとラクスが心配そうに見つめている。


「聞きたい事が…あって…」

「ああ」

ようやく口を開き始めたミリアリアをイザークは驚くほどやさしげな瞳で見つめた。(本人はそのつもりである)


「あのっ   イザークの使っているシャンプーの銘柄っ   教えてくださいっ」


やけくそで叫んだミリアリアは、ぺこりと頭を下げた。


( ああああ  やっぱりこんなこと聞きにくるんじゃなかったっ )

後悔の嵐が吹き荒れているミリアリアには、イザークの顔を見る余裕がない。

「私も知りたいんだっ」

「そうですわね、私も興味ありますわ」


カガリとラクスが援護のコトバをかけてくれるのも、動揺したミリアリアの耳には聞こえない。



「確かに、俺も気になるな…」

ふいに、ディアッカの声が聞こえた。ミリアリアは顔を上げる。


いつの間にか、イザークとミリアリアの間にディアッカが立っている。その背中でイザークの顔は見えない。


「あ…っ」

ミリアリアは口を開きかけたが、ディアッカはそれを制するように、後ろ手でOKマークを作って見せた。


「うるさいっ。貴様はそんなことしか考えてないのか!?」









「シャンプーなぞ何を使っても同じだっ。 汚れさえ落とせればいいんだからなっ」

そういいながらも、イザークは無意識に指で髪を鋤いた。

銀の髪がさらりと揺れる。

「そんなこといって、本当はいろいろ気をつかってるくせに…」

ディアッカがにやにやと笑い、それをみて女性陣がまたどっと笑う。


「チッ  どうしても聞きたいことがあるというから仕事を切り上げてきたのに…っ」








「あの…ごめんなさい…どうしても気になって…」

「だいたい、プラントとそちらで同じ商品が売っているとも限らないだろうが…」

一通り、みなの笑いが収まった頃、イザークは大きなため息をついた。


「ちっ… いくぞっ」



突如、壁にかけてあった上着をとってイザークが踵を返した。

「え…?」


「…っ…気になるんだろうが。シャンプーがっ。俺は銘柄など覚えていないからな。うちに見に来ればいいと言っているっ」



「おわっ、イザークやっさしぃぃ」


ディアッカがわざとらしく声をあげる。


「ふんっ。オーブの首長にラクス・クライン嬢もいて、こんなとこでずっと立ち話というのもなんだからなっ」


照れ隠しのように、そう怒鳴ってイザークはかなり急ぎ足で会議室を出て行ってしまった。


「うーん、素直じゃねーなぁ、イザーク」



「いきましょう、せっかくのお誘いですもの」

「そうだな。ジュール家にもいってみたかったし…」



戸惑って、動けないミリアリアをよそに、ラクスとカガリは歩き始める。




「さ、いくぞ」


ミリアリアの肩をたたいて、ディアッカが肩をすくめる。

「しかし、面白いこと聞きに来たんだな」



「気になったから…」


「そか。確かにあいついい香りするからなぁ、男のクセに。…じゃ、次に会うときはそのシャンプー使ってこいよ」


軽くウインクして、ディアッカも歩き出す。



「ディアッカ…」


ありがとね、と後ろから抱きつく。


「っ ミリィ…っ」

「…あっ…あたし先にいくからっ」





「いやぁ、きてよかったな」


ぱたぱたと走っていくミリアリアを見つめつつ、頷くディアッカであった。












後日談。 女性3人は、イザークから大量にシャンプーをもらって帰ったそうな。

  約束どおり、シャンプーを使ってデートに来たミリアリア。

常に隣からイザークの香りがする、と嫌がるディアッカから禁止令が出たとか出なかったとか。